フロー式 Mizoroki–Heck 反応で 14 日連続の高変換を実証 ― PNPリガンドと塩基最適化でPd触媒活性の維持に成功 ―
概要
PNP ピンサー配位子で設計した樹脂固定化パラジウム触媒 Pd-SCORPI を開発し、連続フローMizoroki–Heck反応において14日間にわたり>92%の高変換を維持(TON 1115, TOF 3.32 h⁻¹)することに成功した。触媒は運転初期に単原子状(高分散)で支持され、反応進行とともに Pdナノ粒子へと成長するが、PNPリガンド設計と塩基条件の最適化によりPdリーチングを最小限に抑え、長時間の高活性・高選択を両立した。さらに、Suzuki–Miyaura反応でも室温・150 時間の安定稼働(収率 91%、TON 1242)を確認し、グリーンかつスケーラブルなC–C結合形成プロセスとしての実装性を示した。
研究の背景
Pd触媒によるC–C結合形成は医薬・機能性材料合成の要であるが、金属リーチングが連続運転・品質保証のボトルネックであった。本研究では、剛直な三座配位のPNPピンサーによって配位不飽和種の不安定化を抑え、Merrifield樹脂への固定化と組み合わせることで、均一系触媒の強活性と不均一系触媒の回収容易性を両立。連続フロー環境における長時間安定性と金属管理の課題解決を目指した。
研究のポイント
・Pdリーチングの制御
初期は単原子状に近い高分散Pdが活性点として機能し、運転の進行に伴いPdナノ粒子が形成・成長。PNPリガンド設計と塩基選択 により、この進化過程でのリーチングを最小化、活性と耐久性を両立。
※最適条件下での反応後液中Pdは低濃度(ICP-AES 定量、1–8 ppm/時画分)。
・Heck反応での長期連続運転
4-iodoanisole+n-butyl acrylate(DMF, 120 °C, 0.05 mL min⁻¹)で >92% 変換を 14 日維持、TON 1115 / TOF 3.32 h⁻¹。
・基質適用範囲の広さ
EDG/EWG を問わず広範なアリールハライド×種々のアルケンに適用。アクリル酸・アクリルアミド などの基質にも対応。
・Suzuki反応の温和条件実証
4-iodoacetophenone+フェニルボロン酸(H₂O/1,4-ジオキサン = 1:3, 室温, 0.05 mL min⁻¹)で 収率 91%、TON 1242、150 h 安定運転。
成果の意義
・持続可能なプロセス設計:固定化 Pd により回収・再使用が容易、廃棄物と溶媒使用を削減。
・スケールアウト適性:kgスケールの連続製造へ直結、品質一貫性と安全性を両立。
・機構設計指針の提供:単原子状→ナノ粒子のin situ成長を前提に、リガンド・塩基でリーチングを抑制する設計を提示。Heck 以外のクロスカップリング/水素化・脱水素化にも波及可能。
・グリーンケミストリーの実装:エネルギー・資源効率と金属管理を両立し、GMP/品質保証を見据えた連続生産技術の基盤を提供。
論文情報
- 雑誌名: ChemSusChem
- 論文タイトル: Durable Heterogeneous Pd-PNP Pincer Complex for Carbon–Carbon Bond Formation in Continuous-Flow Systems
- 著者: Naoya Sakurada, Kanon Kawai, Yuka Abe, Kwihwan Kobayashi, Shinya Mine, Noriko Miyamoto, Tsuyoshi Yamada, Takashi Ikawa, Hironao Sajiki
- DOI: 10.1002/cssc.202501205
- 掲載日: 2025 年 8 月 30 日オンライン公開
用語解説
・PNPピンサー配位子(PNP pincer ligand)
三座(P–N–P)の硬直的な三点配位で金属中心を強固に保持する配位子。電子・立体環境を精密に調整でき、触媒の安定化と選択性向上に寄与する。
・単原子触媒(Single-atom catalyst)
担体表面に“孤立原子”レベルで分散した金属活性点。金属利用効率が高く、選択性に優れる一方、条件によっては凝集しやすい。
・ナノ粒子化(Nanoparticle formation)
単原子や数原子クラスターが成長・凝集して 1–100 nm 程度の粒子になる現象。活性・選択性・溶出挙動が変化しうる。
・リーチング(Leaching/溶出)
触媒中の金属が溶液側/流出液へ移行する現象。活性低下や製品の金属不純物リスクにつながるため、連続生産では最重要管理項目。
・TON/TOF
TON(Turnover Number):触媒 1 モルあたりが生成する生成物の総モル数(累積回転数)。
TOF(Turnover Frequency):単位時間あたりの回転数。通常 h⁻¹ を用いる。
フロー合成(Continuous-flow synthesis/連続フロー)
原料溶液やガスを連続的に反応器へ送液し、生成物を連続回収する方式。熱・物質移動が良好で、安全性・再現性・スケールアウト性に優れる。
・Mizoroki–Heck 反応(ヘック反応)
アリールハライドとアルケンのPd触媒クロスカップリング。C–C結合形成の基盤反応の一つ。
・Suzuki–Miyaura 反応(鈴木–宮浦反応)
アリールハライドと有機ボロン化合物のPd触媒クロスカップリング。温和・官能基許容性が高い。
・固定化触媒(Immobilized/heterogeneous catalyst)
触媒成分を固体担体に固定した系。回収・再使用や残留金属管理が容易。
本研究ではMerrifield樹脂にPNPリガンドを共有結合的に固定化し、フロー運転下での耐久性を確保。
・Merrifield樹脂(Merrifield resin)
塩化ベンジル基を有する架橋ポリスチレン樹脂。置換反応で配位子/金属を導入しやすく、固相合成や固定化触媒の担体として広く用いられる。
研究室情報・お問い合わせ
- 岐阜薬科大学 アドバンストケミストリー研究室
〒501‑1196 岐阜市大学西 1‑25‑4
TEL 058‑230‑8100(内線 3621)
Web: https://gpu-advchem.jp